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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)511号 判決 1984年6月21日

控訴人

平山松太郎

右訴訟代理人

伊藤まゆ

被控訴人

高木証券株式会社

右代表者

斎藤一政

右訴訟代理人

佐藤章

主文

本件控訴を棄却する。

当審における控訴人の拡張にかかる請求並びに追加にかかる予備的第一、二次請求を棄却する。

当審における控訴人の追加にかかる予備的第三次請求に基づき、被控訴人は、控訴人に対し、金一、四三五万円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の予備的第三次請求を棄却する。

控訴費用はこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決第三項は、控訴人において金五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  (主位的請求)

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、金七八万一、二二二円(原審請求を減縮)を支払い、かつ、別紙株券目録(一)、同(二)記載の各株式の株券を引き渡せ。

(二) 前項の株券引渡に対する強制執行が不能となつたときは、被控訴人は、控訴人に対し、執行不能となつた株券の株式数にその種別に応じた別紙株式価格表記載の金額を乗じた額の金員(原審請求を拡張)を支払え。

3  (予備的請求―当審追加請求)

被控訴人は、控訴人に対し、金二、二五一万四、七九五円(第二次的には金二、一三一万四、七九五円、第三次的には金一、八九一万四、七九五円)及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  当審における控訴人の追加及び拡張にかかる請求を棄却する。

3  控訴費用は、控訴人の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張(主位的請求)

一  控訴人の請求の原因

1  控訴人は、昭和五二年九月一四日、東京証券取引所の会員である被控訴人に対して、東京証券取引所受託契約準則等の定めに従うことその他の記載のある信用取引口座設定約諾書を差し入れて、被控訴人に信用取引口座を設定し、それ以来、被控訴人との間において、株式の信用取引を行なつてきた。

2  控訴人は、昭和五三年九月六日当時、被控訴人に対して、委託保証金代用有価証券として次の各株式の株券を預託していた。

(1) 大洋漁業株式会社株式

四〇、〇〇〇株

(2) パイオニア株式会社株式

三、七五〇株

(3) キャノン株式会社株式

二〇、〇〇〇株

(4) 三光汽船株式会社株式

八、〇〇〇株

3  控訴人は、同月二一日、未決済の信用取引は一切なかつたので、同日被控訴人に到達した書面により、被控訴人に対して、以後被控訴人との信用取引を中止する旨を告げて、委託保証金代用有価証券として被控訴人に預託してあつた前項記載の株券の返還を求めたが、被控訴人がこれに応じなかつたため、同年一〇月二六日、前項(3)記載のキャノン株式会社株式二〇、〇〇〇株の株券をパイオニア株式会社の株式一二、〇〇〇株の株券及び東京海上株式会社の株式三〇、〇〇〇株の株券と差し替えた。

4  被控訴人は、その後、控訴人に対して、控訴人が預託していた前記株券中、大洋漁業株式会社の株式一〇、〇〇〇株、パイオニア株式会社の株式九、二五〇株及び東京海上株式会社の株式一〇、〇〇〇株の各株券並びに現金二七八円を返還したが、その余の別紙株券目録(一)記載の各株式の株券を返還しない。

5  ところで、大洋漁業株式会社は、昭和五五年一月三一日を基準日として同社株式一株につき三円の利益配当を、パイオニア株式会社は、同社株式一株につき、昭和五四年九月三〇日を基準日として三二円の、昭和五五年九月三〇日を基準日として三五円の各利益配当を、東京海上株式会社は、同社株式一株につき、昭和五四年三月三一日を基準日として六円五〇銭の利益配当及び五パーセントの株式の無償交付を、昭和五五年三月三一日を基準日として五円五〇銭の利益配当を、三光汽船株式会社は、同社株式一株につき、昭和五四年三月三一日を基準日として一円の利益配当を、同年七月三一日を基準日として二パーセントの株式の無償交付を、昭和五五年三月三一日を基準日として一円の利益配当及び二パーセントの株式の無償交付を、それぞれ実施した。

6  よつて、控訴人は、被控訴人に対して、右利益配当金合計七八万一、五〇〇円から先に返還を受けた二七八円を控除した残額七八万一、二二二円の支払い並びに別紙株券目録(一)記載の各株式及び右の無償交付にかかる同目録(二)記載の各株式の株券の引渡を求めるとともに、右株券引渡に対する強制執行が不能となつたときは、予備的代償請求として、被控訴人に対して、執行不能となつた株券の株式数にその種別に応じた別紙株式価格表記載の金額(当審最終口頭弁論期日の前日の東京証券取引所における各株式一株当たりの終値)を乗じた額の金員の支払いを求める。

二 請求原因事実に対する被控訴人の認否

請求原因事実中、昭和五三年九月二一日当時において控訴人と被控訴人との間に未決済の信用取引が一切なかつたこと及びパイオニア株式会社が昭和五五年九月三〇日を基準日として同社株式一株につき三五円の利益配当をしたことは否認するが、その余の事実はすべて認める。右株式会社の右同日を基準日とする利益配当は、一株につき三二円であつた。

三 被控訴人の抗弁

1  控訴人は、昭和五三年九月六日、被控訴人に対して、日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株の信用取引による売付の委託をしたので、被控訴人は、同日、同株式会社の株式を単価二五〇円で三〇、〇〇〇株、同二六〇円で三〇、〇〇〇株、同二七〇円で三〇、〇〇〇株、同二七五円で一〇、〇〇〇株の売付の執行をした。

2  ところが、控訴人は、右信用取引について、東京証券取引所受託契約準則第一三条の五第一項但し書所定の最終弁済申出期日である昭和五四年三月六日までに、いわゆる現渡し又は反対売買の申出をしなかつたので、被控訴人は、右受託契約準則第一三条の九第一項の規定に基づいて、右同日、控訴人の計算において、反対売買の買付契約を締結して、手仕舞つた。

そして、右の結果、前記受託契約準則の定めるところに従つて損益を計算すると、別紙計算書記載のとおり、二、九六六万四、七九五円の差損金を生じた。

3  そこで、被控訴人は、前記信用取引口座設定約諾書第五条及び第六条並びに前記受託契約準則第一三条の九第二項の規定に基づいて、同月一六日、控訴人が委託保証金代用有価証券として被控訴人に預託していた株券中別紙株券目録(一)記載の株式を任意処分し、その処分代金から所定の有価証券取引税及び売買手数料を控除した残額をもつて前記差損金に充当し、同月二八日、控訴人に対して、その剰余金二七八円を支払つた。

4  したがつて、被控訴人は、右信用取引に関し、控訴人に対してなんらの債務をも残しておらず、控訴人の主位的請求は失当である。

四 抗弁事実に対する控訴人の認否

1  抗弁1の事実中、控訴人が昭和五三年九月六日に被控訴人に対して日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株の信用取引による売付の委託をしたことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実中、控訴人が昭和五四年三月六日までに被控訴人に対して右株式の現渡し又は反対売買の申出をしなかつたこと、被控訴人が右同日右株式の買付契約を締結したこと及び損益の計算関係が被控訴人主張のとおりとなることは、認める。

3  同3の事実中、被控訴人が同月一六日別紙株券目録(一)記載の株式を任意処分し、同月二八日控訴人に対して二七八円を支払つたことは、認める。

第三  当事者の主張(予備的請求)

一  控訴人の請求の原因

1  仮に、被控訴人の主張するように、控訴人が昭和五三年九月六日被控訴人に対して日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株の信用取引による売付の委託をしたとしても、控訴人は、その後の同月一一日及び一三日に、被控訴人に対して、控訴人が被控訴人に右の委託をしたことはない旨を電話及び面談により伝え、また、同月一九日に被控訴人に到達した書面により、被控訴人に対して、同趣旨を伝えて、控訴人には右株式の売付委託をする意思のなかつたことを被控訴人に告げていた。したがつて、被控訴人は、これによつて、控訴人が右日本金属株式会社の株式を売りの状態のままで継続することを欲しない意向であることを知り得たものである。

2  証券業を営む被控訴人は、証券取引における委託の本旨に従い、善良なる管理者の注意義務をもつて、委託者の損失を最少限度に止どめるようにすべき義務を負うものであるところ、当時、日本金属株式会社の株式の価格は高騰していて、そのまま放置したのでは控訴人に損失の生じることが明らかな状況にあつたのであるから、被控訴人としては、控訴人には右株式の売付委託をする意思がなかつたこと、したがつて、控訴人が右株式を売りの状態のままで継続することを欲しない意向であることを知つた以上、速やかに反対売買を締結して、控訴人の損失を最少限度に止どめる措置を採るべき義務があつたものというべきである。

しかるに、被控訴人は、右義務を怠り、最終弁済申出期日である昭和五四年三月六日まで何らの措置をとることなく放置し、ようやく右同日になつて、控訴人の計算において反対売買の買付契約を締結して手仕舞い、その結果、二、九六六万四、七九五円の差損金を生じさせたものである。

3  そして、仮に被控訴人が前記の昭和五三年九月一一日、同月一三日又は同月一九日のいずれかの時点で反対売買の買付契約を締結して手仕舞つていたとすれば、右各時点における日本金属株式会社の株式の一株当たりの価格(東京証券取引所終値)はそれぞれ三三三円、三四五円、三六九円であつたから、差損金はそれぞれ七一五万円、八三五万円、一、〇七五万円に止どまつていたはずである。

したがつて、被控訴人が同年九月一一日の時点で買付契約を締結しなかつたことは被控訴人の債務不履行となるものというべく(仮に右の時点で右の措置を採らなかつたことが未だ被控訴人の債務不履行にならないとしても、第二次的には同月一三日の時点、第三次的には同月一九日の時点において、それぞれ右の措置を採らなかつたことは、被控訴人の債務不履行に当たるものというべきである、)、これによつて、控訴人は前記二、九六六万四、七九五円から右七一五万円を控除した残額の二、二五一万四、七九五円(第二次的には前記二、九六六万四、七九五円から右八三五万円を控除した残額の二、一三一万四、七九五円、第三次的には前記二、九六六万四、七九五円から右一、〇七五万円を控除した残額の一、八九一万四、七九五円)の損害を被つたものである。

4  よつて、控訴人は、被控訴人に対して、債務不履行による損害賠償として右二、二五一万四、七九五円(第二次的には右二、一三一万四、七九五円、第三次的には右一、八九一万四、七九五円)及びこれに対する本予備的請求の趣旨、原因を記載した控訴人の昭和五六年一二月二二日付準備書面が被控訴人に送達された日の翌日である同年一二月二三日から支払い済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は、否認する。

2  同2の事実中、被控訴人が昭和五四年三月六日になつて控訴人の計算において反対売買の買付契約を締結して手仕舞い、その結果、二、九六六万四、七九五円の差損金が生じたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実中、昭和五三年九月一一日、同月一三日及び同月一九日の日本金属株式会社の株式の一株当たりの東京証券取引所の終値が控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

第四  証拠関係<省略>

理由

第一主位的請求について

一主位的請求の請求原因1ないし4の事実は、昭和五三年九月二一日当時控訴人と被控訴人との間に未決済の信用取引が一切存在しなかつたか否かを除き、すべて当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人の抗弁について判断すると、原審及び当審における証人栗木敏雄は、控訴人は、昭和五三年九月六日の午前一〇時頃、午後二時頃、午後二時二〇分頃及び午後二時五〇分頃の四回にわたり、被控訴人の従業員である訴外栗木敏雄に対して、電話により、日本金属株式会社の株式についてそれぞれ二五〇円、二六〇円及び二七〇円の各指し値により各三〇、〇〇〇株、二七五円の指し値により一〇、〇〇〇株の信用取引による売付の委託をしたので、被控訴人は、これに基づいて、右同日、右各指し値どおりで右株式会社の株式合計一〇〇、〇〇〇株の売付の執行をしたものであると証言する。これに対して、控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人が右訴外栗木敏雄に対して右のような電話による委託をしたことは全くなく、右株式の売付の執行は同訴外人が自己又は被控訴人の利益を図るために控訴人の信用取引口座を用いて控訴人に無断で行なつたものであると供述する。

しかしながら、<証拠>によれば、訴外粟木敏雄は、右同日、同証人の前記証言内容に符合する正規の株式委託注文伝票を作成して、社内の決済を経ていることが認められ、また、<証拠>によれば、被控訴人は、同月七日頃、通常の手続に従つて右取引についての売買報告書を控訴人に郵送し、右報告書は、遅くとも同月九日頃には控訴人に到達していることが認められる。したがつて、仮に訴外栗木敏雄が控訴人に無断でその信用取引口座を用いて右株式の売付の執行をしたのであるとすれば、その事実は直ちに控訴人及び被控訴人に発覚することになることが明らかであつて、訴外栗木敏雄がそれによつて自己又は被控訴人の利益の実現を図ることは困難であり、訴外栗木敏雄がこのように直ちに露呈することの明らかな右のような不正行為を働いたとは考え難いものといわなければならない。

これに加えて、<証拠>によれば、被控訴人の渋谷営業所長訴外浜口玄二及び訴外栗木敏雄が、同月一二日ないし一四日頃の間、電話又は面談により控訴人に対して委託保証金の追加差し入れが必要となつたことを告げたところ、控訴人は、逆日歩を被控訴人において負担してくれるのであれば委託保証金の追加差し入れに応じる等と応答していたが、後には右株式の売付委託をしたことがないとも主張するようになり、さらに、控訴人から委任を受けた弁護士谷口欣一及び同福田照幸は、控訴人の代理人として、被控訴人に対して、同月一九日に被控訴人に到達した書面により控訴人は右株式の売付委託をしたことがない旨の告知をし、また、同月二一日に被控訴人に到達した書面により、被控訴人との間の未決済の信用取引は一切なく、以後被控訴人との取引は中止するので、委託保証金代用有価証券として預託中の株式を返還するなどして清算して欲しい旨の申し入れしたことが認められるのであつて、控訴人としても必ずしも当初から一貫して右株式の売付委託を否認していた訳ではなく、これらの事実に照らせば、控訴人が訴外栗木敏雄に対して右株式の売付委託をしたことがない旨の原審における控訴人の前記供述は、直ちにこれを採用することができず、かえつて原審及び当審における証人栗木敏雄の前記証言にこそ信を措くことができるものというべきであつて、それによれば、抗弁1記載のとおり、控訴人は、訴外栗木敏雄に対して右株式一〇〇、〇〇〇株の信用取引による売付委託をし、被控訴人はその執行をしたものであることが認められ、被控訴人は、案に相違して右株式が高騰を続けたため、後に右売付委託を否認して抗争するに至つたものとするほかない。

三そして、抗弁2及び3の事実中、被控訴人が控訴人からの現渡し又は反対売買の申出がなかつたとして昭和五四年三月六日に日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株の買付契約を締結したこと、その結果、別紙計算書記載のとおり、二、九六六万四、七九五円の差損金を生じたこと、被控訴人が同月一六日控訴人から委託保証金代用有価証券として預託を受けていた別紙株券目録(一)記載の株式を任意売却し、その売得金を右差損金に充当した剰余金として控訴人に対して二七八円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがないところである。

ここで、本件におけるような株式の信用取引に伴なう委託保証金代用株券の預託の法律的性質についてみると、証券取引法第五〇条、昭和四〇年大蔵省令第五二号「証券会社に関する省令」第四条及び東京証券取引所受託契約準則第一三条の九第二項の各規定並びに普通契約約款たる信用取引口座設定約諾書第五条、第一〇条及び第一一条の各定めを総合すれば、右委託保証金代用株券の預託行為は、機能的には、証券会社が顧客の委任による株式の信用取引に関して顧客に対して取得することあるべき金銭債権を清算するための保証金に代わるものとして、右の将来の債権を担保するため顧客が証券会社に株券を引き渡す行為であつて、法律的には質権の設定か譲渡担保の契約のいずれかとみるべきであるが、証券会社は、顧客の書面による同意の下に、預託を受けた株券を他に貸付け(いわゆる貸株)又は担保に供することもできるものとされているところから考えれば、右の株券の預託行為は、法律上譲渡担保契約としての性質を持つものであつて(反復継続的な多数の信用取引に関する債権の担保的機能からみて、右の担保権の実行(清算)については簡易迅速性が強く要請され、しかも担保の目的物たる株式の時価は相場価格により客観性のあるものであることを考えれば、右の株券の預託行為が常に商法第五一五条の規定の適用があるものとすることに疑問のある質権の設定とみることは、必ずしも合理的とはいえない。)、ただ、担保権の全部又は一部が消滅した場合には、証券会社は、預託を受けた株式を占有している限りそれを返還すべきであるが、然らざるときは、同一の銘柄、数量の株券を返還すれば足りるものとするとともに、さらに前記貸付け等により預託株券が存しなくなつた場合には、右の同一の銘柄、数量の株券の価額によつて信用取引により生じた顧客に対する証券会社の金銭債権を清算し、株券の価額に剰余が生じたときは、それに相当する株券を返還する旨の合意がなされているものと解するのが相当である(預託される株券は、上場された市場流通性のあるものであるから、預託された特定物たる株券が返還不能となつた場合でも、同一の銘柄、数量の株券を返還することとしても、なんら不都合はないし、かえつて合理的である。)。

ところで、本件において、控訴人が昭和五三年九月一九日においては日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株について反対売買の買付契約を締結して手仕舞いすべき義務を負つたものと解すべきことは、後に認定、判断するとおりであつて、仮に被控訴人が右同日に右の買付契約を締結して手仕舞いをしていたとすれば、その結果として生じる差損金に充当するためには別紙株券目録(一)記載の株式の全部を任意売却する必要はなかつたはずであり、先にみたような委託保証金代用株券の預託の法律関係によれば、被控訴人は、この場合、控訴人に対して、本来任意売却せずとも済んだであろう残余の株式と同一の銘柄、数量の株式の株券を返還すべき義務を負うところである。

しかしながら、控訴人が、別紙株券目録(一)記載の株式の株券の返還を求める主位的請求に併せて、予備的に被控訴人の債務不履行による損害賠償を求めている趣旨に鑑みれば、控訴人の右主位的請求は、専ら控訴人が前記日本金属株式会社の株式の売付委託をしなかつたことを前提として、別紙株券目録(一)記載の株式の株券全部の返還を求めるものであり、仮に控訴人が売付委託をしたものと認定、判断される場合には、控訴人は、予備的に債務不履行による損害賠償を求めるものと解されるのであつて、被控訴人が右のように昭和五三年九月一九日に手仕舞いしていたとすれば売却する必要のなかつたであろう残余の株式と同一の銘柄、数量の株式の株券の返還を求めるものではないことが明らかである(控訴人は、右のように売却する必要のなかつたであろう残余の株式の特定その他に関してなんらの主張もしていない。)。

四したがつて、前記のとおり、控訴人が右売付委託をしたものと認められる以上、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の主位的請求は、すべて理由がないものというべきである。

第二予備的請求について

一次に、控訴人の予備的請求について検討すると、予備的請求の請求原因事実中、控訴人が昭和五三年九月六日被控訴人に対して日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株の信用取引による売付委託をし、被控訴人が右同日これを執行したこと、その後右株式は高騰を続け、被控訴人の渋谷営業所長訴外浜口玄二及び訴外栗木敏雄が同月一二日ないし一四日頃の間に電話又は面談により控訴人に対して委託保証金の追加差し入れが必要となつたことを告げたこと、これに対して、控訴人は、当初は逆日歩を被控訴人において負担してくれるのであれば委託保証金の追加差し入れに応じる等と応答していたが、後に右株式の売付委託をしたことがないと主張するようになり、さらに、控訴人から委任を受けた弁護士谷口欣一及び同福田照幸は、控訴人の代理人として、被控訴人に対して、同月一九日に被控訴人に到達した書面により控訴人は右株式の売付委託をしたことがない旨の告知をし、また、同月二一日に被控訴人に到達した書面により、被控訴人との間の未決済の信用取引は一切なく、以後被控訴人との取引は中止するので、委託保証金代用有価証券として預託中の株式を返還するなどして清算して欲しい旨の申し入れをしたことは、先に主位的請求に関して認定したとおりであり、また、被控訴人が、それにもかかわらず、昭和五四年三月六日まで右株式について反対売買を締結せず、右同日になつて初めて控訴人の計算において買付契約を締結して手仕舞い、その結果、二、九六六万四、七九五円の差損金が生じたこと、昭和五三年九月一九日の時点における右株式の一株当たりの価格(東京証券取引所終値)が三六九円であつたことは、当事者間に争いがない。

二ところで、東京証券取引所契約受託準則第一三条の九第一項は、会員たる証券業者の顧客が所定の期限までに信用取引に関し預託すべき委託保証金の預託をせず又は貸付を受けた買受代金若しくは売付証券の支弁をしないときその他の場合には、証券業者は、任意に、当該信用取引を決済するため、当該顧客の計算において、売付契約又は買付契約を締結することができるものと定め、証券業者にいわゆる反対売買権を認めているが、右の趣旨は、顧客が右の預託又は支弁をしない等の場合において、証券業者がそれによつて損害を被ることを防止するために委託建玉の処分権限を証券業者に付与したものにほかならないのであつて、もとよりそのような場合に顧客の計算において反対売買を締結すべき義務を証券業者に課したものではない。そして、その価格変動を予見することの困難な株式の信用取引にあつては、そもそもある時点において反対売買を締結して手仕舞うことが結局において顧客の利益を実現することになるのか否かを一義的に予見、判断することはおよそ不可能に近いのであつて、いかに証券業者が善良なる管理者の注意義務をもつて顧客の損失を最少限度に止どめるようにすべき義務を負うものであるとしても、そのまま放置したのでは顧客が損害を被ることになるということだけで、顧客からの委託がないにもかかわらず、証券業者がその独自の判断で顧客のために反対売買を締結して手仕舞うべき契約上の義務を負うものではないことはいうまでもない。

三しかしながら、本件においては、控訴人は、先に認定したとおり、昭和五三年九月一二日ないし一四日頃以降日本金属株式会社の株式の売付委託をしたことがないとも主張し、また、同月一九日に被控訴人に到達した書面により右の売付委託をしたことがない旨を控訴人の委任した弁護士によつて告知しているのであつて(なお、控訴人は、右弁護士を通じて、同月二二日に被控訴人に到達した書面により、以後被控訴人との取引は中止するので、預託中の株式を返還するなどして清算して欲しい旨の申し入れまでしている。)、これら一連の経過に鑑みると、同月一二日ないし一四日頃における控訴人の主張の趣旨は、その主張の態様からは以下に述べるような反対売買の買付委託があつたものと理解すべきことは無理であるとしても、控訴人の同月一九日における告知の趣旨は、反対売買の委託以上に強い清算の意思表示と見ることもできるのであり、これを本件に即して合理的に解すれば、売付委託の有無をめぐる紛議の決着は後に留保することとせざるを得ないとしても、売付委託の有無をめぐつて係争中の右株式については、直ちに反対売買を実行して手仕舞うことによつてそれ以上の事態の流動を停止させ、この間に生じた損益の負担については後日の協議等にまつこととするにあるものと理解すべきものということができる。蓋し、当事者間において売付委託の有無をめぐつて争いがあるという状況下で、当該株式が高騰を続け又はそれが見込まれるという場合、いずれにしても取り敢えずそれ以上に損失又はそのおそれが拡大することを防止して、紛議を最少限度に止どめることにするのが、通常採られる合理的な方途であろうからである。

したがつて、右のような事実関係の下においては、被控訴人としては、控訴人から前記のような告知があつた以上、売付委託があつたとする自己の主張に十分な根拠があり、これを否認する控訴人の主張が如何に不当なものであつたとしても、取り敢えず直ちに係争株式について買付契約を締結して手仕舞うべき義務を負うものと解すべきであつて(この場合、仮に予期に反して当該株式の価格が下落し、右の時点で手仕舞つていなかつたとすれば、利益が生じたというときにおいても、控訴人が、逆に当該株式の売付委託をしたと主張して、被控訴人の措置を不当違法とし損害賠償を請求することのできるものではないことは、いうまでもない。)、これを怠つたときは、買付委託の債務の履行を怠つたものとして、それによつて生じた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

四そして、先に認定した事実関係の下においては、被控訴人は、遅くとも昭和五三年九月一九日には日本金属株式会社の株式一〇〇、〇〇〇株について買付契約を締結すべき義務があり、かつ、右株式が著しく市場性に乏しいものであることなどその一括買付が困難であつたことを窺わせる特段の事情は認められないのであるから、仮に被控訴人が右一九日に右株式の買付を行なつておれば、一株当たり三六九円で買付契約を締結することができたものと推認するのが相当であり(同日中に買付契約を締結することが被控訴人の責に帰すべからざる理由により不能であつたことの被控訴人の主張、立証はない。)、その場合においては、控訴人が被るべき差損金は、現実に生じた前記差損金二、九六六万四、七九五円より少なくとも一、四三五万円(ただし、昭和五四年三月六日における右株式の買決済金額五、一二五万円から右三六九円に一〇〇、〇〇〇株を乗じた金額三、六九〇万円を控除した額)は少なかつたであろうことが明らかであるところ(本件においては、昭和五三年九月一九日の時点における差損金を算定するのに必要なその他の諸条件についてなんらの主張、立証もなく、被控訴人が右同日に右株式の買付を実行していた場合の控訴人が被るべき差損金が右説示の額を超えて減少したものと認めることはできない。)、被控訴人は、東京証券取引所受託契約準則第一三条の五第一項但し書所定の最終弁済申出期日である昭和五四年三月六日まで反対売買を締結することなく放置し、右同日に至つて初めて右受託契約準則第一三条の九第一項の規定により控訴人の計算において買付契約を締結して手仕舞つたというのであるから、被控訴人は、控訴人に対して、債務不履行による損害賠償として、昭和五三年九月一九日に反対売買を締結しなかつたことによつて増大した前記差損金一、四三五万円及びこれに対する控訴人の昭和五六年一二月二二日付準備書面が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな同月二三日から支払い済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い義務があるものというべきである。

第三結論

以上のとおりであるから、控訴人の主位的請求を排斥した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、また、当審における控訴人の拡張にかかる請求、当審における控訴人の予備的請求中の第一、二次請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、同予備的請求中の第三次請求のうち、被控訴人に対して損害賠償金一、四三五万円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払い済みに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においてこれを認容し、その余の請求を棄却することとして、控訴費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条及び第九二条の各規定を、仮執行の宣言については同法第一九六条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(香川保一 越山安久 村上敬一)

株式目録(一)、(二)<省略>

株式価格表、計算表<省略>

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